辻口洋史さんは、珠洲市にて木材加工の工房「Suzu wood working studio (スズ・ウッドワーキング・スタジオ)」を開業し、家具制作を行う職人です。主に能登の山林の木を使用した家具づくりに取り組んでいます。
津幡町出身の辻口さんがマイスタープログラムを受講したのは、珠洲市に移住して半年ほどたったときでした。きっかけは、先に地域おこし協力隊として移住していた知人から「地域のことを知るのに良い機会になるのでは」と紹介してもらったことでした。
受講を申し込み、実際に講義が始まると、当時従事していた森林組合の仕事と講義日が重なることが多く、思ったように参加することができませんでしたが、自分の工房づくり(納屋の改装)、地元の木材の活用、家具のデザインなどをテーマに卒業研究に取り組み、発表することができました。その後、辻口さんは家具職人として個人事業を起業、マイスタープログラムの専科、能登SDGs 新事業プロジェクト研究(事業構想大学院大学主催)の受講を経て、家具の受注制作やインテリアデザインの仕事のほか、山林の保全や地元の木材の加工流通に取り組む仲間も増え、活動が広がっています。
マイスタープログラムを受けて最も印象に残った経験のひとつは、人前で行うプレゼンテーションをする機会が多かったことだそうです。発表を繰り返す中で、単にプレゼンテーションの技術が向上したというだけではなく、「上手だな」と思う他の受講生たちの発表を聞くことが刺激となり、自分と比較する内に、自分のアイディアの長所、独創性についても意識できるようになったことが大きな変化だったといいます。
現在、辻口さんはかつて養蚕をしていた倉庫を借り、自分の手で少しずつ改装し新しい工房をつくっています。家具制作の作業場だけではなく、各地から採取した木材や、解体される古民家などから運んできた古材をストックするスペース、家具の展示場、ワークショップができるスペースなどを併設する予定です。改装中の倉庫には、ブナやナラなど名前と地名が書かれた木材、地元の酒造会社からもらったという木製の酒樽用の大きな蓋、和箪笥などがすでに置いてありました。
辻口さんが工房のテーマとして掲げているのはローカルクラフト。地域の環境と歴史から生まれた個性的な木材や古道具、そういったモノが持つ来歴を、日々の暮らしで使われる家具に表し、作り手と使い手の間で共有できることがこれからの家具の新しい価値、おもしろさになるのではないのかと考えています。